こころの声を聴く―河合隼雄対話集 (新潮文庫)
〜芋蔓〜「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」から〜
河合 隼雄ほか/ 新潮社 (1997/12)
こころの声を聴く―河合隼雄対話集 (新潮文庫)
村上春樹、河合隼雄に会いにいくで、この対談は2回目、ねじまき鳥の2部までのところではじめての対談をアメリカでやっている、とのことだったので、収録されているものを探した!
村上春樹はいったい何を書いているのか、ということが知りたかったわけですが、対談の最初に
村上:はたして新しい物語が日本の文学において可能なのか
と議題を提出します。
河合:僕はいま、人間にとって非常に大事な、もっと深い意識をもういっぺん回復するために物語が必要だと思っています。現代では日常レベルの考え方があまりにも強いから、小説もだいたいそのへんの線を行くんですね。村上さんはそれとは違う線を動いておられるから、どうしても今までの小説と違うんじゃないかと思っています。私も村上さんの小説を読んできて、この人の物語は大事だし、これによってたくさんの現代の人が救われるだろうというふうに思うわけです。
話がおわった!なんかぴしっとしてるなー。
個人個人が自分の物語をつくらなきゃいけない、という話で、下記のようにいわれます。
河合:本当はそういうところまで降りていこう思うたら、ある程度修行したりするより仕方がないと思いますよ。普通の日常生活だけしてたんではやっぱりだめでしょう。それでも普通に生きてても、幸いにも災難ということがおこる。(中略)普通災難とか不幸といわれる形で物語の世界に入っていけることが多いんじゃないでしょうか。
不幸じゃないと芸術は難しいのかな。
というのと、やっぱり物語の必要性について考えてしまいます。
不幸じゃなければ物語はいらないのか?いやいや、あなたは充分不幸ですよ。その不幸を入り口として物語を見出すべきです!って感じなのか?
「もっと深い意識のところを体験する」ということに関して、仏教のことが。
河合:こういうことを組織的に、意図的に洗練して行った一つが僕は仏教だと思っています。仏教の本やお経を読みますと、どうもそういうことが書いてあるように思います。
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村上さんの作品をとうとう読む!
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